柔らかい結晶相を利用した分極自在な有機強誘電体開発

 

強誘電体とは外部から電場をかけなくても電気分極を持ち,ある程度以上の大きさの電場がかかるとその分極の向きが反転する物質です(図1)。強誘電体の分極と電場の関係は図1右に示したヒステリシス(履歴)曲線として現れますので,向きの異なる分極を”0”1”のデータとして記録し,その記憶内容を電源OFFの時にも残すことが出来ます。強誘電体のこの性質は不揮発メモリとして応用されています。強誘電体は大きな誘電率を示すことが多いので,コンデンサ材料として広く用いられていますし,温度変化や加圧で分極量が変化する焦電性や圧電性を示しますので,赤外線センサー,圧電素子,アクチュエータなどにも活用されています。つまり,強誘電体はその多様な機能を活用できる重要な電子材料なのです。

                      









図1 強誘電体の分極反転と分極-電場履歴曲線


これまで実用化されてきた強誘電体のほとんどは,チタン酸バリウムやチタン酸ジルコン酸鉛など無機酸化物のセラミックスですが,有用な物質の多くは有毒な鉛を含むという問題を抱えています。近年,無毒,柔軟性,高い加工性などの有機分子性結晶の強誘電体の利点が注目され,基礎研究のレベルで盛んに材料開発が行われています。これまですでに,大きな分極,低い電圧動作,高速な応答など,個々の指標としてはセラミックス強誘電体を超えるような,非常に高い性能をもつ分子性強誘電体が開発されています。しかし,実際に強誘電性結晶を材料として利用する際には,材料内の多数の微結晶粒子のそれぞれの分極の向きを,電圧をかける向きにそろえる必要があります(図2)。例えば,強誘電体薄膜をデバイス中に組み込んで使用する場合は,膜に対して垂直に電極を取り付け,電圧をかけることになります。そのため,膜中の微結晶粒子は,その分極軸が膜にほぼ垂直に並んでいる必要があります。セラミックス強誘電体では高電圧をかけることで,バラバラに向いた結晶の分極軸を,電場の向きに揃えることが出来ます(分極処理)。しかし,結晶構造の対称性が低い分子性結晶ではこの分極処理が不可能で,このことが応用展開の非常に大きな障害となっていました。








図2 強誘電体の分極処理


今回私たちが開発した分子性強誘電結晶は,高温で相転移して柔粘性結晶となるために,この分極処理が可能です。柔粘性結晶はプラスチック結晶ともよばれ,球状の分子が結晶内で自由回転しており,加圧することでワックスのように伸びて拡がる性質(展延性)を持っています。また,柔粘性結晶は分子性結晶としては例外的に,金属や岩塩のような立方晶系の等方的な結晶構造をとります。今回合成した過レニウム酸キヌクリジニウムは球状分子の有機アミンであるキヌクリジンと過レニウム酸との中和で塩として簡単に得られる結晶です(図3)。








  図3 過レニウム酸キヌクリジニウム


この結晶は95℃以上の温度では柔粘性結晶となりますが,それ以下の温度では極性カチオン分子の向きの変化に由来する強誘電性を示します。また,高温で立方晶系の柔粘性結晶相となるため,室温で結晶化した時の結晶の向きをリセットすることが可能で,電場を加えることで強誘電体の分極方向を3次元的に自由に変更できます。実際に,バラバラに向いた多数の微結晶粉末からなるディスクでも,電場をかけることで結晶粒子の分極の向きがそろい,分極の大きさが著しく増大することが明らかとなっています(図4)。このような分極処理はこれまで分子性結晶の強誘電体では出来なかったことです。また,この結晶は,柔粘性結晶となる高温において加圧すると粉砕されずに拡がって展延しますので,ピンホール(隙間)のない結晶薄膜を容易に形成し,電極に密着させることが可能です。












  図4 分極処理による粉末試料の分極増大


今回開発された強誘電体となる柔粘性結晶は,従来の強誘電体物質群の長所を兼ね備えています。特に,現在広く用いられているセラミックス強誘電体とは異なり,高温での処理が不要で,容易な溶液加工性と,柔軟に変形する展延性を持っていることは,強誘電体の新しい応用として期待されているフレキシブルな薄膜デバイスを作製する上で非常に有用なものです。柔粘性結晶を利用した強誘電体開発はこれまでになく,今回の成果は汎用性の高い材料設計の指針を与えます。この指針に従って材料開発を進めることで,有機エレクトロニクス材料としての新しい応用展開が期待できます。