量子化学研究室



量子化学を一口で言うと、”量子力学に基づいて化学に関する諸現象を理論的に研究す る”分野と言うことが出来ますが、その守備範囲はとても広いことになります。    当研究室ではその中で基礎理論の構築とプログラム開発、そしてそれを用いて分子の諸 性質を研究する分野で研究を行なってきました。                  原子や分子は物質が示す多様な性質をもたらす基本的な要素です。20世紀前半に量子 力学が完成し、電子や原子核の間に適用可能な力学法則が確立すると、すぐに、物質の 性質発現を理論的に考究しようとする動きは始まりました。原子や分子の研究もすぐに 始まりました。日本では京都大学の福井先生や東京大学の小谷先生が大きな研究グルー プを形成されて、量子化学、或いは原子分子の理論的研究が大きく発展しました。当研 究室は小谷先生の研究室の主要メンバーであられた、大野公男先生が創始された研究室 です。以下では、どのような考え方でどのような研究を行なってきたかと言うことと、 これから新たに分子(反応)動力学の研究をも加えて、研究の発展を計りますが、現在 の主要テーマを紹介します。                          

− 沿革 −


1964年3月−1990年3月:大野公男教授主宰

研究室が開設された当時は日本の大型電子計算機の能力が世界に追いつく兆しを見せて いた状況でした。今でこそ日本は電子計算機に関して世界の一方の旗頭ですが、当時は はまだまだ遅れていました。このような機に、日本でも何とか原子や分子の性質発現の もととなる電子の振る舞いをより精確に記述したいと、多くの人が思うようになりまし た。しかし計算機プログラムがありませんでした。九州大学で藤永、大旗、竹田の3先 生が分子の電子状態の波動関数を求めるのに必要な分子積分のプログラムを書いておら れたのですが、他には日本において本格的でオリジナルな計算機プログラムは有りませ んでした。    当研究室はこのような機運の中で開設されました。関連する基礎理論の勉強、何を明ら かにしたいか、そのためにはどんなことをする必要があるか、といった議論。当然コン ピュータプログラムの作成が研究室の当面の急務となりました。 先ず佐々木先生による原子の波動関数を配置間相互作用法によって高精度で求めるプロ グラムATOM CIの第一版の開発があります。これは佐々木先生が原子の持つ高い 対称性を生かした精緻な理論を作られたことにあります。これは佐々木先生のライフワ ークとなりました。その後の発展を含めてATOM CIのページをご覧ください。 分子のハートリー・フォック法に基づくプログラムは現在九州工大の情報工学部教授の 柏木先生を中心として作られました。この方法に基づくプログラムは当時は世界中に沢 山あり、同じようなものを作っても仕方ないという環境に有りました。柏木先生は生体 中で重要な役割を果たすポルフィン系を攻略することを目指していました。計算データ 量を如何に少なくするかということが計算を実現するための課題でした。柏木、佐々木 の半直交化軌道法が課題を解決しました。この方法によって、計算する分子積分の数を 大幅に減らすことが可能となり、JAMOLと言うプログラムの開発へと導かれ、ポル フィリン系への応用計算が盛んに行われました。                  分子の配置間相互作用法(CI)のプログラムは田中が中心になってCOMICAL( COnfiguration MIxing CALculation)を開発しました。いわゆる多参照関数による 1 、2 電子励起CIのプログラムですが、電子、空孔による多電子関数を表現するこ とにより、エネルギー表現を短縮しポルフィンのような大きな系にも適用可能にしまし た。                                      1976年の秋に苫小牧において国際学会王子セミナーを大野先生が主催されたのは、 JAMOL、COMICALから結果が出始めたころでした。1979年に世界量子化 学会(International Congress of Quantum Chemistry)が京都において開催され、 JAMOL、COMICALを用いて計算したポルフィンのスペクトルの解析結果など に関して大野先生が招待講演をされました。                   

1990年4月−1993年3月:山口 兆教授主宰

丁度この時期はコンピュータの状況に革命的な変化が起こり始めた時期で、コンピュー タセンターの大型機の利用から、研究室で高性能のワークステーションを持って計算を 行なう形態へと変化しつつありました。山口先生(現阪大大学院理学研究科教授)は研 究室のワークステーション群の充実に腐心されると同時に、分子磁性、非線型光学物質 などを研究対象とするいわゆる物性化学の理論的研究に乗り出しました。しかし、在任 期間が大変短く物性化学の理論的研究を標榜する研究室への変換はなりませんでした。

1993年4月−1998年3月:佐々木不可止教授主宰

前述のプログラムATOM CIの発展充実期にあたりました。特筆すべきはクレメン ティ(E. Clementi)が主宰するMOTEC或いはMETECにATOM CIが収録 され、54ページにわたる理論的方法と50ページのプログラムの解説が英文で纏めら れました。ATOM CIのページをご覧下さい。                 この時期のもう一つの主要テーマは野呂助教授による局在化自然軌道法を用いた大きな 分子のCI計算の研究です。系が大きくなるにつれて、普通にCI計算をすると次元数 が過大となって遂行が不可能になります。局在化自然軌道法は例えばヘキサトリエンを 扱う場合に、エチレンの有効な相関用の自然軌道をヘキサトリエンに移植することによ り、次元数を1/6程度まで縮小しても、ほとんど精度を失うことなく励起エネルギー を求めることが出来ることを示しました。

− 現在の研究室主要テーマ −



1)分子の多電子理論の開発

Multireference Coupled Pair Approximation (MRCPA)

Size extensiveな電子相関法、かつ励起状態に適用可能。
CIにおける有効なアルゴリズムの利用可
この手法に関するレビューは以下にあります。
Multireference Coupled Pair Approximation: a state-universal approach of a CEPA type variant of MRSDCI, K. Tanaka, T. Sakai, and Y. Mochizuki, In;Recent Advances in Computational Chemistry, Vol. 4, Recent Advances in Multi Reference Theory, Ed. K. Hirao, World Scientific, pp95 - 130 (1999)

2)分子(反応)動力学(分子の素反応過程の研究)

3)軌道関数変換理論の拡張と表面の電子構造研究

4)重い原子の電子構造

5)分子の分光学的な性質の理論的研究

未確認星間分子候補の構造に関する理論的研究


研究室から発表した最近の博士論文

局在化自然軌道の開発と分子計算への応用         (真木 淳 平成11年3月)
等角二原子分子の電子状態の分類に関する新しい展開    (鈴木喜一 平成12年3月)
Fe(CO)n (n=1,2 and 3)の結合様式ならびにMo,Re六核錯体の
の電子構造に関する理論的研究              (本田宏明 平成12年3月)

参考書

量子化学、理論化学の研究に関連して、学部高学年、大学院修士課程
の学生向けの、参考書を書きました。

「分子物理学」

 
 田中 皓 pp1-182 裳華房 1999年6月30日;ISBN 4-7853-2813-4
寄せていただいたコメントの一つ
「今までの本とは異なった視点から記述された箇所がかなりあって、参考となる」